
うちの子は初節句を迎えるので、朝からお赤飯をいただきました。毎日の成長が嬉しいです。
一昨日、箕面サンプラザの地下1Fで開かれた山野草展(春の展示会)にお邪魔しました。
以前(箕面市役所にいた頃)、メイプルホールのロビーでやっていたときにも覗きに行ったことがあるのですが、そのときよりもずいぶん広さも規模も大きく充実していたのでびっくりでした。
さりげないもの、綺麗なもの、渋いもの、存在感のあるものなど、幅広くかなりの数が出展されていて、さすが、山の身近な箕面の山野草展です。素人目にも「これってなんかいいですね!」と感じる多彩な作品が並んでいました。(正しく評価するポイントがわからないままに見せていただいたのですが・・・。)
実は、箕面市役所で仕事をしていたときに、サンプラザの改修事業も担当していました。だから、こうやって市民の方々が活用されたり、郷土資料館に人が出入りしているのを見ると、なによりも本当に嬉しいです。
今日はちょっと思い出話を書きますが・・・。
私が箕面市役所に着任したのは5年前(H15)ですが、すでにスーパー「ロイヤルエース」は撤退し、サンプラザの地下は廃墟になっていました。廃墟になってから入ったことのある人は少ないと思いますが、当時、まずは中を見てみないことにはと思って、地下に入れてもらったら、スーパーが突然閉店して本当にそのままになっている悲惨な状態でした。
魚の特売値札やカゴが散乱していたり、商品棚が倒れていたり、業務用スペースには巨大冷蔵庫がそのままになっていたり。まさに「廃墟」としか言いようがないあの景色は今でも忘れられません。
倒産のあおりで残された権利関係も複雑になってしまっており、裁判所が競売にかけたものの、毎回大幅に値段を落としながら1年以上にわたって3回も競売手続をしたにもかかわらず、誰も入札しない状況。どの不動産屋も手を出さない宙に浮いた物件として、サンプラザの地下は放置されていました。
なんとかせなあかん!という思いのもと、市役所のなかでも了解を得ながら、権利を保持している金融機関と水面下で交渉をはじめました。公共機関(市)が興味を見せると、価格が下がらなくなるのは世の常なので、そのそぶりを見せずに、問い合わせ電話をしてみたり、対面で情報をとったり。先方の担当者と電話で長話をしながら、駆け引きを重ねたのが印象に残っています。
そしてなにより重要なことは、サンプラザを全体としてどういう機能にリニューアルしていくのかでした。こればかりは、いろんな方の知恵をお借りするしかないと思い、市民の方々もご参加いただく懇話会をつくって、どういうフロア配置をしていくのかを考えていきました。意見の公募も行いました。
その結果、当初案では、地下にはフリースペースなど存在せず、貸し部屋が中心だったのですが、最終的には、市民ギャラリーやフリースペース、そして、3つぶち抜きでも使える多目的室という、今の姿になりました。また、3階の子育て支援センターや、4階の音楽スタジオ、8階のリニューアルなども、そうしたご意見を結集して形にしていったものです。
一方、スーパー跡地を買い取るだけでは、市(税金)の負担や借金が増えるだけになってしまいます。このため、老朽化して建て替えが必要な公共施設の移転とセットで、サンプラザのリニューアルを仕掛けようとしました。その代表格が郷土資料館でした。教育委員会や文化財の専門家の方にご迷惑をおかけしつつ、ご理解もいただきながら、そして、議会にも丁寧に説明をして賛同を得ながら、なんとか実現にこぎつけました。
また、同じように老朽化した市役所第2別館の機能の移転にも、警察や交通安全協会などいろんな方々のご協力をいただきました。
こうして全体バランスも見ながら、金融機関との交渉も重ねながら、市民の方々からお知恵をいただきながら、サンプラザのリニューアルの姿をつくっていきました。
最初に事業に着手したのが、私が箕面市役所に着任してすぐの平成15年。こうした姿が整ったのが平成16年度。平成17年から工事に着工し、「箕面市立箕面文化・交流センター」としてオープンしたのが平成18年5月。実に3年越しの事業でしたが、なんとか形になったのは、何度も何度も相談にのってくださった市民や団体の方々の協力、そして、一緒に仕事をしてくれた市役所職員の経験とチームワークの賜物でした。
だから、今、こうして利用されているのを見ると、本当に本当によかったと思いますし、もっともっと使ってもらいたい。実は、サンプラザの近くをウロウロするときには、いつもそんなことを思いながら歩いていたりします。